半導体競争にインドが参戦 人口世界一の国は何を目指す?

半導体競争にインドが参戦 人口世界一の国は何を目指す?
中国を抜いて2023年7月、人口が世界一になったとみられるインド。

推計で14億2860万人の巨大な人口、そして平均年齢28歳前後という圧倒的な若さ。

経済成長力をテコに今、国をあげて力を入れているのが実は半導体産業の育成です。

過去に実績がないのに、高度な技術を要する半導体生産に挑もうとするのはなぜなのでしょう?

インドらしい力強さ、そして背景には“ある事情”もありました。

(ニューデリー支局記者 山本健人)

インドの荒野に半導体工場が

インド西部の一本道。

私はかれこれ3時間近く走る車中にいました。

住宅すら見当たらない荒野の中から突然、巨大なガラス張りの建物が姿を現しました。

地元州政府などが出資して整備が進む「ドレラ工業団地」の拠点です。
インド西部グジャラート州の最大都市アーメダバードから100キロ以上。

ここにいま、インド初の半導体の生産拠点を作る計画が進んでいるというのです。

地元州政府から特別に取材許可がおりました。

工業団地の敷地面積は920平方キロメートル。

東京ドームおよそ2万個分、大阪市が4つすっぽりと入る土地で、果てしなく広がる地平線に思わずことばを失いました。

「半導体工場が作られるのが、この場所です」
担当者に案内されると、目の前に広がっていたのは広大なさら地。

具体的な工場の建設作業は、これからだと担当者は説明しました。

しかし、工業団地内では、すでに半導体生産に欠かせない電力や水の安定供給のための発電所や水路などのインフラ整備が着々と進められていました。

さらに近くでは、国際空港の開発や、主要都市とつながる高速道路の建設も進んでいて、半導体を国内外に届けるための物流網の構築を急いでいます。

工業団地のトップは次のように語りました。
ドレラ工業団地を管轄する公社 ハリート・シュクラ代表 ※取材当時
「政府はインドで半導体の製造を行うという戦略的な決断をしました。半導体産業は多くの産業との連結性があります。この都市が、インドや世界で最も重要な半導体の製造地のひとつになることは間違いなく言えるでしょう」

半導体生産に野心を燃やすインド政府

インドはいま、国を挙げて半導体の生産に乗り出そうとしています。

2021年12月、インド政府は半導体をはじめとする電子産業の誘致・育成を図るプログラムの立ち上げを発表しました。

予算総額は7600億ルピー、日本円にして1兆円以上と、これまでのモディ政権の産業振興策の中でも最大規模とされ、半導体工場の新設に対して、最大で投資額の50%の財政支援を行うことなどが盛り込まれています。
モディ首相
「インドが半導体の世界的なサプライチェーンの主要なパートナーとしての地位を確立することが、われわれのねらいだ」
モディ首相は2023年6月にアメリカを訪問した際、アメリカの半導体大手「マイクロンテクノロジー」のCEOと面会しました。
そして、インドに製造拠点を設けることを承認したと発表するなど、首相みずから半導体誘致に乗り出していきました。

名乗りを上げた資源開発企業

冒頭で紹介した「ドレラ工業団地」に半導体工場を建設しようとしているのが、インドの資源大手「ベダンタ」です。

もともとアルミニウムなどの資源開発を手がけてきましたが、政府の潤沢な振興策が後押しとなり、初めて半導体事業に乗り出すことを決めました。

2022年、iPhoneの受託生産を行う台湾の「ホンハイ精密工業」のグループ会社「フォックスコン」と合弁会社を設立し、グジャラート州政府とドレラ工業団地に工場設立に関する覚え書きを交わしました。
2027年までに月に4万枚のウエハーを生産する工場を稼働させたいとしています。

AI=人工知能などの次世代産業に使われる数ナノメートルの先端半導体の生産はすぐには難しいとしているものの、まずは、家電や自動車などに使われる、回路幅が28ナノメートルと40ナノメートルのウエハーの生産を目指すとしています。

2023年7月10日、「フォックスコン」は「ベダンタ」との半導体事業から撤退すると発表しましたが、「ベダンタ」はNHKの取材に対し「ベダンタは引き続き、半導体事業に全力を尽くす。インド初のファウンドリーを立ち上げるために、別のパートナーをすでに見つけている」とコメントしています。

カギを握るアメリカ人CEO

「ベダンタ」が半導体事業の責任者としてヘッドハンティングしたのがアメリカ人のデビッド・リード氏です。

アメリカや日本などの半導体企業で仕事をしてきたその道のプロで、これまでの経験や人脈を生かして、インドの巨大事業を成功に導く意気込みを語りました。
ベダンタ 半導体事業責任者 デビッド・リード氏
「私に仕事を任せるインドの戦略は見事で大胆です。1990年代、日本が半導体の王者だったとき私は日本で働きました。その後、王者は韓国、台湾、中国へと移り変わり、今はインドの時代です」
「インドは才能やエネルギーはあるのですが、実際に製造をする経験が不足しています。私たちに欠けているのが、周囲のサプライヤーのインフラです。工場を作るだけではなく、サプライヤーの供給網を構築する必要があり、経験豊富は人材をここに集める必要があります」

貿易赤字をなんとかしたい

インドで盛り上がる半導体生産の拠点づくり。

政府が特に前のめりになる背景には、インドを悩ませている経済構造があります。

それは貿易赤字です。

インドではITなどのサービス業が経済成長をけん引してきた一方、長年、製造業の弱さを指摘されていて、電子製品などの多くを輸入に頼ってきました。

スマホが急速に普及し、農村部でも1人1台スマホを持つことが当たり前になってきました。
「シャオミ」や「オッポ」といった中国メーカーがスマホを現地生産していますが、基幹部品である半導体の多くは輸入に頼っています。

また、原油などの資源も外国に依存していることもあり、恒常的な貿易赤字が続いています。

インド商工省が発表した貿易収支によると2023年4月は152億ドル余りの赤字で、34か月連続の赤字となっています。

貿易赤字を1つの背景にインドの通貨ルピーは長期的に通貨安の傾向が続き、それがまた輸入品の価格を押し上げてしまう。

インド経済にとって貿易赤字は長年頭を悩ませてきた構造的な課題になっています。

専門家は、政府としては半導体の国産化を進めることで、貿易収支の悪化を食い止めたいという思惑があるのではないかと指摘しています。
インド経済が専門 拓殖大学 小島眞名誉教授
「インドのエレクトロニクス市場が年々拡大を続ける中、半導体の輸入量は今後、大幅に増えることが予想されています。インド政府としては、半導体を国内で生産できるようにすることは最優先課題です」

インド製半導体は夢か現実か

しかし、インドが野心を燃やす一方、製造業が根づくかどうか、課題を指摘する専門家もいます。
英調査会社 オムディア 南川明シニアコンサルティングディレクター
「インドは過去に、半導体生産を試みたことがありましたが、うまくいかなかったと認識しています。半導体の生産には、安定した電力や豊富な水、それに高い技術を持った労働力が必要です。また、サプライチェーンも重要で、半導体メーカー1社だけではなく、少なくともその10倍の関連企業が集まらないと半導体はできません」
IMF=国際通貨基金は、インドのGDP=国内総生産は2027年には日本やドイツを抜いて世界3位になると見込んでいますが、製造業の弱さは経済成長の加速を妨げる、いわば“アキレス腱”とされてきました。

インドは半導体生産を、弱点を克服するための切り札にすることができるのか、これからの経済発展を占う試金石になると言っても過言ではないと感じます。
ニューデリー支局記者
山本健人
2015年入局
鹿児島局、国際部を経て現所属
バックパッカーだった学生のとき以来、8年ぶりのインドで取材