燃料価格の高騰に苦戦し、2023年3月期に最終赤字が相次いだ大手電力。電気料金の値上げでしのいだものの、そのビジネスモデルは限界に来たかのようだ。新電力との争奪戦、原子力発電所の再稼働。再生へ瀬戸際の抗戦が始まった。

建屋は2011年3月の東日本大震災で津波にも襲われたが、復旧した(写真=野口 勝宏)
建屋は2011年3月の東日本大震災で津波にも襲われたが、復旧した(写真=野口 勝宏)

 東京電力福島第1原発から南に約20km。福島県南部の沿岸、広野町にある広野火力発電所は今、“緊張”に包まれている。東京電力ホールディングス(HD)管内で予想される夏の電力不足に備え、6基ある発電設備のうち、2020年4月から運転を止めていた2号機を23年6月末に再稼働したからだ。

広野火力発電所には大型の石油タンクも並ぶ(写真=野口 勝宏)
広野火力発電所には大型の石油タンクも並ぶ(写真=野口 勝宏)

 2号機は最大出力60万キロワットで燃料は原油。猛暑によって冷房需要が高まり、電力不足が深刻になれば発電する。元は1980年7月に運転を開始した老朽設備。2011年3月の東日本大震災時は津波に襲われて浸水もしている。

2号機は配管や設備のさび落としなど、徹底した整備で再稼働にこぎ着けた(写真=野口 勝宏)
2号機は配管や設備のさび落としなど、徹底した整備で再稼働にこぎ着けた(写真=野口 勝宏)

 「22年11月ごろから設備の鉄さびを取ったり、ダクトやバルブを分解して磨いたりしてきれいにした。一部の機器はメーカーに修理にも出した」。広野火力発電所長の永徳康典氏はこう明かす。23年初めには、協力会社を含めて発電所で働く約1000人のうち、300~500人が整備に携わるほど努力を続けたという。

電力不足で休止火力、再稼働

 経済産業省は電力需給逼迫への対策として、休止している発電所の再稼働を公募。これに応えるためだった。東電管内の電力供給の余力を示す予備率の7月の数値は、23年春時点で安定供給に最低限必要とされる3%だったが、苦労の末、今は3.1%に改善した。

 広野火力を保有するのは、東電HDと中部電力が互いの燃料・火力部門を統合して15年4月に誕生したJERAだ。広野火力だけでも他に3つの発電設備が休止するなど、運転停止中の火力発電設備は多数ある。ただ電力不足に備えるため廃止しにくい状況が続く。

 21、22年の夏は北海道を除く地域で予備率が3%台になるなど、電力不足が大きな問題となってきた。23年夏は、東電管内以外は比較的落ち着いているものの、電力会社を巡る課題は他にもある。業績と財務体質の不安だ。

東京電力ホールディングスの小早川智明社長(写真=朝日新聞社)
東京電力ホールディングスの小早川智明社長(写真=朝日新聞社)

 「非常に厳しい収支状況だ。大変な危機感を持っている」(東電HD社長の小早川智明氏)

 「最大限尽力したが、結果として赤字になったことを重く受け止めている」(北海道電力前社長の藤井裕氏=現会長)

注:値上げ幅は規制料金の平均値上げ率。火力比率は中部、関西、北陸電力は2023年3月期、他は22年3月期。また中部電力の比率は販売子会社のもの 出所:各社資料を基に本誌作成
注:値上げ幅は規制料金の平均値上げ率。火力比率は中部、関西、北陸電力は2023年3月期、他は22年3月期。また中部電力の比率は販売子会社のもの 出所:各社資料を基に本誌作成
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 大手電力10社のほとんどは23年3月期、大幅な最終赤字に沈んだ(上の表参照)。最大の原因は火力発電に使う石炭や液化天然ガス(LNG)、原油の燃料価格が21年後半から22年秋ごろまで急騰したことだ。

 新型コロナウイルス禍からの景気回復による需要増、22年2月のロシアによるウクライナ侵攻などによって、オーストラリア産石炭価格は21年4月から22年9月にかけて約4.7倍に、LNG価格は約3倍にも跳ね上がった。日本の場合、22年春からの大幅な円安進行がさらに拍車をかけて電力業界に深刻な影響を及ぼしたのだ。

 東電HD販売子会社である東京電力エナジーパートナー(EP)は23年3月期、JERAや日本卸電力取引所(JEPX)などからの「電気調達コストが1兆8360億円も増えた」(東電HD経理室決算統括グループマネージャーの豊城泰晃氏)。

 電力業界は16年4月の小売り自由化以降、電力会社が自由に設定できる「自由料金」のプランができた。ただ経過措置として国の認可で決まる「規制料金」という従来プランも残った。

燃料費高騰で「逆ざや」

 燃料価格の変動は「燃料費調整制度」という特別な仕組みがあり、2カ月後の電力料金に自動で転嫁できる。しかし規制料金に関しては転嫁できる額に上限が設けられており、電気料金を調達コストが上回る「逆ざや」が急拡大した。実際には、自由料金の一部にも上限を設けたプランがあり、出血は双方で止まらない状態となったのだ。

 それでも、これも今後、迫ってきそうな新たな難題を考えれば第一幕にすぎないのだろう。

 23年3月期の大幅な赤字については中部、関西、九州電力を除く7社が国に規制料金の値上げを申請した。23年6月から平均15.9~39.7%の値上げが認められ、状況はさらに一変した。24年3月期は業績見通しを開示した7社が最終黒字とした。北海道、東北電力と東電HDは開示しなかったが、「値上げで6月以降は逆ざやが解消する見込み。今期は何としても黒字化したい」(東北電力)とするなど、表情は明るくなっている。

注:おおむねだが、特別高圧は大規模工場、高圧はスーパーや中規模工場、低圧電灯は一般家庭、低圧電力は商店など業務用向け 出所:資源エネルギー庁、大和証券の資料を基に本誌作成
注:おおむねだが、特別高圧は大規模工場、高圧はスーパーや中規模工場、低圧電灯は一般家庭、低圧電力は商店など業務用向け 出所:資源エネルギー庁、大和証券の資料を基に本誌作成
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 ただこれで単純に上昇気流に乗れるというわけではないだろう。大きな壁になると見られるのは小売り自由化後に急速に増えた新電力。都市ガスや携帯キャリア、石油元売りといった異業種から参入した新電力は、経産省の調べでは、ピークの21年8月には法人から家庭向けまでで総計22.6%のシェアを大手電力から奪った(上のグラフ参照)。

 もちろん燃料価格の高騰はJEPXの価格上昇につながり、そこで電力を調達する新電力も直撃した。大手電力同様、逆ざやに苦しみ、帝国データバンクのまとめによると、23年3月時点で112社の新電力が顧客との契約を停止。57社が電力事業から撤退。26社が廃業・倒産に追い込まれたという。

 「新電力の多くはJEPXで電気を調達していた。市場は(電力価格が)低い時もあるが、今回のように高い時もある。そこに依存しすぎては危ない」。ソフトバンクグループ系の新電力大手、SBパワー(東京・港)社長兼最高経営責任者(CEO)の中野明彦氏は言う。実際、22年3月には市場でほとんどの電力を調達していた新電力大手、ホープエナジー(福岡市)が破産に追い込まれた。

 SBパワーの市場での調達量は供給量の1割程度だ。残り9割程度は自前の発電設備を持っている地域の電力会社など数十社と契約して調達。燃料価格変動の影響をできる限り抑えてきた。さらに22年2月のロシアによるウクライナ侵攻後、自由料金プランの上限価格をいち早く撤廃し、22年夏からは新規顧客の獲得も抑えてきた。

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