再エネがあれば電気自動車は「環境に優しい」のか

Cedar Creek Wind Farm Phase II under construction in Colorado, US.(PHOTO:BP)
たとえ再エネ専門の電力会社と契約しても、家庭に届く電力は「ごちゃ混ぜ」であり、電気は選べない。BEVの普及が進んだ場合の電力について畑村耕一博士に訊いた。
TEXT:牧野茂雄(Shigeo MAKINO)
モーターファン・イラストレーテッド Vol.192「電気自動車の正体」より一部転載
マツダで世界初のリショルム過給ミラーサイクルエンジンを開発した畑村耕一博士は、じつはICE(内燃機関)の専門家としてマツダに入社したのではない。生物工学を専攻し新交通システムのブレーキおよびハイブリッドシステム開発スタッフとしてマツダに入社した。しかし、このプロジェクトが立ち消えとなりICE開発に携わることになった。「エンジンなんかないほうがええ」という、ある意味ではICE否定派だと筆者・牧野は見ている。間違ってもICE擁護派ではない。ただ単純に「ええもんはええ、ダメなもんはダメ」と数値で判断する方だ。現在のEU(欧州連合)が主張する「BEV(バッテリー・エレクトリック・ビークル)だけあればいい」という論についても懐疑派であり、「まだ世の中は大量のBEVを受け入れられる状態ではない」と仰る。そこで筆者は畑村博士と意見交換した。お題は「再エネさえあればBEVは最高か?」である。以下、その模様を筆者がまとめた。連載「博士のエンジン手帖」のような広島弁ではない点はご容赦願う。

牧野(=以下M):現在の日本にBEVは必要か否か。これを10軒の家と10台のクルマという単純なモデルで考えたのが前章の原稿。現在の電力余裕度でBEVが増え続けたら、とてもBEVへの給電はまかなえない。10台のうち1台をBEVにしたら、そのぶんの電力は、運がよければ太陽光発電の恩恵を受けられる晴天の昼間で、まあなんとかまかなえる程度。お日様が出なければ確実に火力が担う。

畑村:学術的なシミュレーションをした論文がある。2030年の日本の電力構成予測でBEV普及台数1,000万台という前提だ。電費は「ホンダe」の135Wh/km(1kmの走行に135Whの電力量を要するという意味)を使った。問題は「いつ充電するか」だ。帰宅後充電では火力発電が増えてCO2排出量の増加は5.3百万トン増加。充電を最適化する、つまり再エネを使えるときに充電すれば3.9百万トン、太陽光発電と風力発電が増え過ぎるときは「あとで電力を使える」ようBEVに貯め、再エネが使えないときにV2G(ヴィークル・トゥ・グリッド=クルマから電力系統への供給)を使う。つまり充放電の最適化を行なうと1.5百万トン増になる。充放電最適化でBEVを使えばCO2排出増加を抑え込むことができる。帰宅後すぐに充電すると、再エネの電力はほとんど使えないということだ。

いつでも充電できるBEVの盲点:2030年の日本の発電構成予測(火力比率56.1%、原子力比率21.1%、再エネ比率22.9%)をもとにBEV普及台数1,000万台で試算した例。BEVはいつでも充電できるが、日常的にクルマを使うユーザーの多くは帰宅後充電になる。じつはこれが電力需要が増える時間帯での充電となり、火力発電の出力増をもたらす。

M:BEVを走らせたときに充電に必要になる電力はどの発電所から来るのか。つまりマージナル電源の考え方だが、世界では一般に使われていない。すべての発電所が同じ割合で発電量を増加し、それをBEVが充電すると仮定して、電源平均のCO2排出係数(発電量当たりのCO2排出量)を使っている。これは現実と合わない。例のVW(フォルクスワーゲン)による排ガス不正を告発したICCT(クリーンな交通を考える国際審議会)は電源平均を使ったBEVのLCAでのCO2排出量を試算して、HEVより圧倒的に少ないという報告書を出した。しかもそのタイミングは、EUがフィット・フォー55というCO2排出抑制行動指針を発表する直前の2021年7月だった。私はジャーナリストなので常に勘ぐってしまうし、過去にEUとその周辺を自動車CO2というテーマで取材した経験で言えば「そこに正義があろうがなかろうが関係なくBEVの普及以外の考えをすべて否定してかかる」という超左翼的思考を目の当たりにした。だからICCTがマージナル電源を否定するという行為には「裏にある何かの存在」を感じてしまう。

畑村:まあ、私はそこまでは疑わない。ICCTが言う「eフューエルは効率が悪いから無駄だ」という件も、言わんとしていることはわかる。再エネ発電はそのままBEVに使うほうが、たしかに効率はいい。しかし、ユーザーがBEVにいつ充電するかを管理することはむつかしい。使用場所と時間を自由に選べる点がeフューエルの長所だ。例えば、チリに設置した風力発電機はドイツの4倍の電力を発電するので、部分的な効率だけでは語れない。

M:EU委員会とEU議会にとってBEVはもはや宗教だから、彼らが気に入らない相手に対してはクルセイダー(十字軍)を送って成敗するだろう。eフューエル攻撃もその一環で「検討するだけ無駄」と公言する裏には「検討させたくない」という意思が見える。

畑村:私はeフューエルは可能性があるとみている。eフューエルを作るための再エネ由来水素はいちばん効率のいい場所と時間に作れるが、BEVへの充電は完全にユーザーまかせ。再エネが余るときに充電してくれるかどうかはわからない。

M:欧州での暴言はまだある。イギリスの学者は「マージナル電源のような馬鹿な話はない」と言った。電力需要が増加してもCap(上限規制)-and-TradeETS(エミッション・トレーディング・システム)があるからCO2排出量は増加しないと言った。これがEUの基本的な考えで、CO2をTtW(タンク・トゥ・ホイール=車載燃料タンクまたは車載バッテリー内のエネルギーで走行すること。走行段階だけのエネルギー消費を見る考え方)で規制する考え方の大元だろう。実際にはBEV導入で増える電力需要増加を支えるのは火力だとしても、BEVの需要より再エネのほうが増えるからCO2は増えない、と言っている。しかしBEVの充電需要増加分は火力が支えるのが実際だ。

畑村:私はマージナル電源という考え方が正しいと思う。BEVを充電するときに、その時点での家庭用・産業用の電力需要に対して増える分をどんな方法で発電するか。それがマージナル電源だ。これが石炭火力だったら大問題。

M:マージナルの意味は、経済で使う場合には「限界収益点」「収支トントン」という意味だから、BEVにもこの表現は当てはまる。日本ではWtT(ウェル・トゥ・タンク=燃焼資源の採掘から輸送、精製を経てクルマの燃料タンクあるいは車載バッテリーに貯められるまで)の発電効率は2018年時点のエネ庁計算で0.510。しかし、各方面を取材してみれば、多くの人が「0.4台だ」と言う。この数字は2022年夏でもほとんど変わらない。0.4でガソリン換算すれば、ガソリン車のほうが効率が良くなる。

畑村:スウェーデンでBEVのマージナル電源は何かを計算した学者は「ポーランドの石炭火力」だったと言っている。国境を越えた送電ネットワークからもらう。原子力と水力で9割程度まかない、余ったら輸出、増えたら隣国から買う。日本の場合、冒頭のシミュレーションでも示したが、BEVを帰宅後充電にするとマージナル電源は石炭火力/天然ガス火力なので火力発電のCO2排出係数を使うと実際に近い。

M:日中に太陽光電力が需要を超えて余るときは太陽光がマージナル電源になる。夕方以降の電力需要増加時にV2H(ビークル・トゥ・ホーム=BEVから家庭への給電)で放電すれば、その分の火力発電を抑えられる。こういう風に考えるのがマージナル電源であり、至極当たり前のことを言っているのに、なぜか賛同を得られない。日本でマージナル電源という計算方法を使うのはコジェネと再エネだけだ。

畑村:たしかにBEVでの電力使用に伴うCO2排出量は過小評価されている。だからBEVが優等生になりHEV(ハイブリッド・エレクトリック・ビークル)やeフューエルは要らないと言われる。欧米もこの方向だ。

M:まともなのは中国で、BEV一辺倒ではなく世の中の電力がまともになるまではHEVが必要だと国家が誘導している。その背景には原発100基計画があって、脱炭素は原発だと考えている。ここへきてEUでもアメリカでも原発が名誉回復したが、中国の現実路線は見事だ。すべて安定供給優先、世の中に混乱を起こさないことを優先している。

畑村:CO2排出を電源平均で考えると、電化してもCO2はあまり増えないのでドンドン電化したくなる。逆に2050年のCO2排出係数はすごく小さくなって、省エネ(省電力)をやってもCO2はほとんど減らないということになってしまう。CO2クレジットの計算も電源平均だから、ここでもやる気が削がれる。しかしマージナル電源で考えると省エネ効果は2〜3倍になる。為政者として頭の痛い問題だということはわかる。

M:かと言って、いまさら「慌てることはない」「のんびり少しずつやろう」とは言えない。しかし、事実を伝えずにねじ曲がったままのBEV普及を進めることにはまったく意味がない。「BEVは環境に優しい」という言葉は、じつは条件付きなのですよということも広く伝えなければならない。本誌にはその義務がある。

畑村:長期的なマージナル電源は何か。これは政策で決まるから実際のところわからない。しかし、言い換えれば政策を決めれば決まる。2010年ごろのイギリスの論文には「電力需要が増加する場合は原子力発電を増やす」と謳われていた。これだと長期的マージナル電源は原子力発電になる。BEVが増えるとマージナル電源は原発になる。だからCO2は出ない。そういう政策もある。BEVを増やすのを抑制して電力需要が減る分、石炭火力を早く止めようという政策をとるとマージナル電源が石炭火力になって、BEVはエンジン車よりCO2排出量が多いことになる。

M:電力の専門家を取材すると「電力構成と将来計画の間には複雑な計算があって、単純な話ではない」と言われる。「平日の昼間。太陽光のない曇った日。そこに合わせて電力構成を作るからBEVがあってもなくても関係ない」と言う。「その太陽光のない曇った昼間に大量のBEVが充電を始めたらどうなるのか」と尋ねても、「それはあとで太陽光が使えれば取り返せる」と言われた。石炭火力が多い地域は、どこだろうがBEVのマージナル電源は石炭火力になる時間帯が多い。しかし、そうは認めたくないのが電力専門家だ。

畑村:まあ、いろいろと事情があるし、電力は国の政策と強く結び付いているから、我われが頭から否定しても始まらない。ただし、論理的に考えてみれば再エネが余って発電抑制される時間帯以外は、BEVはカーボンニュートラルではない。揚水発電を使えばいいと言われるが、ダムの水を使うとその後の揚水発電が減少する分は火力が補うことになる。

M:その、再エネ抑制時間帯の発電量を上手に貯めて使うべきで、eフューエルはその手段になり得る。蓄電池は貯めておける時間が短い。日本なら水素発電すればいい。欧州の自動車産業はチリでeフューエルを作って輸入することも考えている。

太陽光電力が昼間に余るとき:再エネは不安定であり、実際に右の図のような状況が発生した。この日は日曜日で電力需要が少ないのに日中は太陽光が活発だった。太陽光発電分を揚水動力で吸収して夜間に発電しても、日中は電力余剰になるので太陽光発電を抑制した。再エネが活発なときのルールは①火力の出力抑制と揚水発電活用、②他地域への送電、③バイオマスの出力抑制、④太陽光・風力の抑制、⑤原子力、水力、地熱の抑制——だが、⑤は技術的に困難だ。

畑村:有益だと思うのはバッテリー交換式BEVだ。再エネが余っているとき(電力価格が安い)に事業者が充電すればカーボンニュートラルになり得る。個人任せの充電よりもはるかに有益だ。

M:EUは「一般庶民は盲目的にBEVを信じればいい」という姿勢だったが、ここへきて行き過ぎたカーボンニュートラル路線への反発がファンドの世界でも企業の間でも出てきている。個人的には「生命体としての毒物排除行為」だと考えるが、これを機に議論が盛んになればいいと思う。

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著者プロフィール

牧野 茂雄 近影

牧野 茂雄

1958年東京生まれ。新聞記者、雑誌編集長を経てフリーに。技術解説から企業経営、行政まで幅広く自動車産…