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 「こんなに半導体求人があるのは見たことがない。ものづくり系の業界内でも求人数が特に多く、圧倒的な伸び方だ」。半導体業界を専門とするリクルート ハイキャリア・グローバルコンサルティング2部1グループ コンサルタントの高畑亜子氏は驚きを隠さない。

 旺盛な求人に対して、半導体人材の不足は深刻だ。自動運転や、人工知能(AI)、高度医療といった用途の広がりから、今後も半導体市場は拡大していく。その需要に応えられるだけの人材が、今、日本にいない。政府の積極的な財政支援に加えて、海外人材の呼び込み、イノベーションを起こすような「突出した人材」を育てられる環境づくりが急務である(図1)。

図1 半導体出荷は増加を続けている
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図1 半導体出荷は増加を続けている
(出所:Omdiaのデータを基に日経クロステックが作製)

 実際、記者が半導体業界を取材してきた中で、「人材が足りている」という声を聞いたことは一度もない。むしろ、企業であれ大学であれ、人材不足の悲鳴を上げている。

 「2013年ごろから採りにくくなっている」と明かすのは、半導体装置大手のSCREENセミコンダクターソリューションズ ストラテジックエグゼクティブの荒木浩之氏。次世代技術とされる半導体の3次元実装技術でも「人材はいない」(Rapidus〔ラピダス〕 専務執行役員 3Dアセンブリ本部長の折井靖光氏)。アカデミアからも、「半導体人材が一番足りないのは企業だが、大学でもその声は出てきている」(東北大学 国際集積エレクトロニクス研究開発センター長の遠藤哲郎氏)と明かす。

 人手不足は少子高齢化の日本では当然ともいえる。しかも、1980年代をピークに日本の半導体産業は衰退の一途をたどっている。だが、今後を考えたとき、半導体の設計・製造能力が国際競争力にいっそう大きく関わる可能性がある。深刻に捉えて対策を練る必要があるだろう。

 半導体は国内産業の強みであるクルマやあらゆる電機系製品に使われる。より視点を広げれば、今後は医療格差の是正に向けた遠隔医療や、レベル3以降の自動運転、第5世代移動通信システム(5G)やその先の第6世代移動通信システム(6G)の普及に欠かせない。

 世界情勢という意味では、ロシアによるウクライナ侵攻が「半導体戦争」ともいえる様相を帯びている。軍用ドローンや自律運航ミサイルの自律運航、自動運転の通信妨害ステーション(Radio Jamming Station)などの頭脳を担っているからだ。「(先端半導体で)戦争の在り方は大きく変わった」(インフォーマインテリジェンス シニアコンサルティングディレクターの南川明氏)。記者は先端半導体の軍事利用には反対だが、入手できる半導体の性能が戦争の勝負を決める大きな要素になってきているのは疑いない。

地政学的リスクで求人激増

 日本の半導体人材の実態をデータを使って俯瞰(ふかん)してみると、確かに減っている。経済産業省が毎年公表する工業統計調査によれば、1998年に約23万人だった半導体人材注1)は、2019年には約17万人にまで減少した(図2)。

注1)「半導体人材」とは、ここでは集積回路製造業と半導体製造装置製造業、半導体素子製造業の従業員数を合わせた数のこと。半導体材料メーカーの従業員数は含まれていない。
図2 日本の半導体人材数は確かに減っている
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図2 日本の半導体人材数は確かに減っている
緑色(グラフ下)が半導体素子製造業、青色(同真ん中)が集積回路製造業、橙色(同上)が半導体製造装置製造業の従業員数(出所:経済産業省のデータを基に日経クロステックが作製)

 その一方、同人材の需要は急速に伸びている。図3に示すのは、リクルートによる半導体分野に関連するエンジニアの、2013年を基準とする求人数比である。2016年から求人数が倍増し、2021年には2013年時点の7.4倍、2022年にはさらに13.1倍という"異常値"を示している。

図3 半導体求人が「異次元」の伸び方をしている
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図3 半導体求人が「異次元」の伸び方をしている
2013年時点を1.0とした場合の求人比の推移(出所:リクルートの資料を日経クロステックが編集)

 ここまで半導体人材が求められているのは、直近の伸びでは「半導体工場の建設ラッシュが大きい。地政学的リスクから、国内の製造基盤を強化する動きが加速しているからだ」とリクルートの高畑氏は分析する。

 国内では、半導体工場の建設が続く。2023年にはキオクシアの岩手・北上第2製造棟(K2)が竣工予定。2024年には台湾積体電路製造(TSMC)の熊本・菊陽町工場が稼働開始を予定。さらに2025年には、ラピダスが北海道・千歳工場の試作ライン稼働開始を予定する。ロイター通信の報道によれば、韓国Samsung Electronics(サムスン電子)が日本に後工程工場の設置を検討しているという。さらに、米Intel(インテル)も「日本への後工程工場設置に前向き」(ある半導体業界の関係者)という噂がある。

 「半導体人材の求人数は今後、伸びが比較的緩やかになるものの、増えていく。一方で応募数は伸びにくくなるだろう。このような状況で、人材の取り合いが既に起こっている」と高畑氏は述べる。

 半導体工場は大規模な場合、数千人単位で人材が必要になる。世界規模での人材の取り合いの中で、日本人エンジニアは「勤務態度が良く、才能がある」(TSMC デザイン&テクノロジープラットフォーム シニア・ディレクターのLie-Szu Juang氏)。さらに、育成・雇用にかかるコストが(円安の状況下で)海外から見て相対的に安い。つまり、垂涎(すいぜん)の的だ。

 このような状況下で、中長期的に半導体業界に人を呼び込むために、国内外の人材に対して魅力的な環境をいかにつくり出せるかが重要になる。