老舗蔵元はなぜ「水力」を選んだか 「CO2フリー電力」で企業価値

創業273年、江戸中期から続く山梨県の老舗酒造会社が、酒造りに使う電力を全て水力発電に切り替えた。企業や工場の電力を二酸化炭素(CO2)を排出しない「CO2フリー電力」にする試みで、東日本各県の企業局なども各電力会社と連携して推進している。SDGs(持続可能な開発目標)など環境への取り組みぶりが企業業績にも影響を与える中、企業の参加が広がっている。

年間510トン→ゼロ

宿場町の面影が色濃く残る山梨県北杜市白州町の旧甲州街道沿い、とりわけ大きな屋敷の裏にある醸造会社「山梨銘醸」は、名水百選にも選ばれた「白州の水」を使って七賢ブランドの日本酒を造っている。

同社は先月30日、社内で使う電力全てをCO2フリー電力に切り替えたと発表した。県内の酒類製造では初めてで、同社によると、国内でも酒造会社では2番目ではないかという。

酒造りは、洗米や発酵温度の管理、冷蔵のために大量の電力を必要とし、同社の場合、年間約113万キロワット時に及ぶ。CO2排出量に換算すると年間510トン。今回、水力発電に切り替えることで年間115万円の負担増となるが、電力のCO2排出はゼロにできる。

同社は寛延3(1750)年の創業。13代目当主の北原対馬(つしま)社長(40)は、今回の決断について「創業以来、一貫して豊かな自然を享受し、『白州の水』を体現する酒造りに取り組んできた。それだけに、環境保全に取り組むことは社会的な責任だと考えた」と語る。

割高分は環境保全に

CO2フリー電力は、水力発電など再生可能エネルギーによる電力に電源を限定することで、電気の使用に伴うCO2排出量がゼロになる電力。電力会社が自社の電力から供給するほか、各県の企業局などと電力会社が共同事業として取り組むケースが広がっている。

企業局など公営水力発電によるCO2フリー電力の供給は、東日本では東京電力エナジーパートナーが山梨のほか栃木、群馬、神奈川3県で提供。東北電力は岩手、秋田、山形3県で、中部電力ミライズは長野県で提供している。

その場合、公営の水力発電所が発電した電力を各電力会社へ供給し、電力会社は契約企業へ供給する際、標準的な電気料金に加え、自治体の環境保全事業への取り組みに充てる金額分を上乗せする仕組みだ。

山梨県企業局の場合、東電と連携。上乗せ金額は1キロワット時当たり1・02円で、その分の収益は県が注力する小規模水力発電を進めるため、適地の選定や緑化推進などに活用されている。

山梨県では、提供が始まった平成31年度以降、県内外の製造業、物流、金融機関など幅広い業種の計38社と契約。この1年で急激に引き合いが増え、昨年末の山梨銘醸などとの契約により、年間に提供できる電力5千万キロワット時の上限に達したという。

エシカル消費を意識

企業側のメリットは何か。企業に対しては、CO2排出削減に貢献したとの認証書を県が交付。企業は環境保全やSDGs推進への取り組みを内外に示せる利点がある。

山梨県企業局の功刀稔永電気課長は「大手電力の系統電力よりも割高だが、契約する企業にとっては、CO2排出削減に貢献することで企業価値を高めることができる」と説明する。

山梨銘醸の場合、海外での販売拡大も背景にある。日本酒ブームの中、同社の輸出先は20カ国に及ぶ。海外では人、社会、地域、環境に配慮した企業やその会社の商品を選択する「エシカル消費」の動きが強まっていることを強く意識しての経営判断だ。

同社の次の目標は「グリーン水素」。生産時にも利用時にもCO2を排出しない究極のクリーンエネルギーだ。山梨県は太陽光発電の電力を使って水分解により作られる水素を生成する「P2Gシステム」の技術開発を進めている。

同社は電力のほか、ボイラーにLPG(液化天然ガス)を使っており、北原社長は「現時点では経済合理性を確保できないが、将来的にはボイラー燃料をグリーン水素に切り替え、完全なCO2フリーの酒造会社にしたい」と話す。

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