電気自動車に「大容量のバッテリー」は本当に必要なのか?

電気自動車(EV)のイメージを向上すべく、自動車メーカーはバッテリーの性能を高めたり容量を増やしたりすることで、高出力や長い航続距離を謳うようになっている。しかし、“巨大化”したバッテリーは、本当にわたしたちに必要なものなのだろうか?
Car batteries and EV battery
Illustration: Yazmin Monet Butcher; Lauryn Hill; Getty Images

バッテリーの廃棄物について考えるとき、ハンス・エリック・メリンは米国の車道が電気自動車(EV)で埋め尽くされている様子を思い浮かべる。EVは、大きく立派で装備も充実したひと昔前のガソリン車によく似ている。ファミリー向けのクルマや小型船を牽引できるクルマ、オフロードでも走れるクルマなどだ。

しかし、そうしたクルマにはできないこともEVにはできる。例えば、停止状態から時速60マイル(同約96km)まで3秒で加速したり、二酸化炭素を排出することなく400マイル(約644km)を走行したりするようなことだ。

その代わりにEVは重荷を負っている。搭載されるバッテリーは巨大で、車重が4トンを超えることもあるのだ。

それなのに、EVは長いこと駐車場に置かれるか、子どもの学校への送迎や食料品店への買い出しなど、その能力を最大限に生かせない用事にしか使われていない。高速道路を何百キロメートルも走らない限りは、EVに搭載されているコバルトやリチウム、ニッケルといった希少金属の原子を生かせないのである。

米国では、クルマで30マイル(約48km)以上の距離を走行する移動は、全体の5%に満たない。ガソリン車の場合は燃料タンクの残量で走行距離が決まるが、EVの場合は高価で希少な金属をいかにバッテリーで使うかなど、複雑な要素が絡んでくる。

そこで、バッテリーのリサイクルの専門家であるメリンの出番だ。メリンのところには、資源を有効活用する方法についての質問が政府や自動車メーカーから多く寄せられている。

こうした質問に「使用済みのバッテリーの素材を再利用すればいい」と答えられたらいいのだが、そうもいかない。バッテリーはEVを10年ほど動かせるが、EVが普及して自動車の平均的なサイズが年を追うごとに大きくなっている現在、使用済みのバッテリーを役立てられる機会は限られている。

そこで、まずは少ない量から始めようと、メリンは提案する。つまり、最初は容量の少ないバッテリーから使ってみようということだ。

EVが訴求している数字の意味

ところが、これは人々を説得することが難しい提案である。特に米国、そして現在のEVの普及の段階では難しいのだ。

「より大きなパワー、より長い航続距離、より鋭い加速性能といった具合に、“より多く”が求められています」と、カリフォルニア大学デービス校教授で、EVの購入者の選択について研究しているギル・タルは語る。この背景には、EVのイメージを刷新するための取り組みも影響しているという。

人里離れた広い道で立ち往生してしまうゴルフカートのようなクルマというのが、何十年にもわたるEVの一般的なイメージだった。しかし、バッテリーの技術は飛躍的に向上している。そこで自動車メーカーは、多くのドライバーが実際に使用するバッテリー容量を超えるようになっても、馬力と航続距離の向上をアピールすることに躍起になったのだ。

「大きな問題は、夢を実現するために人々はクルマを購入しているということです」と、タルは指摘する。「夢の実現のためにクルマを買う米国の消費者は、必要以上に大きな自動車を購入する傾向にあります。四輪駆動の自動車や、いつかボートを手に入れることを夢みて、それをけん引できるクルマを買うのです」

こうした憧れは、化石燃料を使っていたころと変わっていない。自動車メーカーは長年にわたり、馬力のあるトラックやSUVを「自由の象徴」として販売してきたと、プロビデンス・カレッジの政治学者で低炭素製品向けの資源の採掘を研究しているテア・リオフランコスは指摘する。「実際のところ、これは選択肢の少なさを表しています」

いまのEVは、同じ“メッセージ”を発信している。それは米国において高級SUVやピックアップトラックの種類が急増していることからもみてとれると、バッテリーのリサイクルの専門家であるメリンは指摘する。

中国の多くの自動車メーカーがそうしているように、米国の自動車メーカーは限られたバッテリー素材をフル活用することで、より多くのEVを販売することも可能だろう。しかし、EVを高級品として扱えば、1台あたりの利益率は高くなる

確かにどのEVも、比較対象となるガソリン車よりも炭素の排出量は少ない。それでもバッテリーの容量は重要だ。馬力の代わりに、航続距離やバッテリー容量といった数値が訴求されるようにもなっている。

EVのバッテリーの性能は通常はキロワット時で表わされ、この数字が自動車の環境性能に違いをもたらす。製品のライフサイクルにおける炭素の排出量を調査するコンサルティング会社のMinviroによると、30キロワット時のバッテリーの炭素の排出量は、60キロワット時のバッテリーに比べると約半分になるという。

フォードの電動ピックアップトラック「F-150 Lightning」1台分のリチウムがあれば、日産自動車のEV「リーフ」にして4〜5台を生産できると、メリンは説明する。リーフはF-150 Lightningより3,000ポンド(約1,360kg)ほど軽いが、航続距離は約半分だ。

しかし、リチウムやコバルトの採掘が新たに始まれば、水が汚染されて絶滅の危機に瀕する生物が増え、大地を傷つけることになる。それでも道徳的な観点から見れば、ガソリン車が使われなくなるのであればEVの推進には意味がある。とはいえ、これは「何のためにバッテリーを使うのか」という、より難しい議論を避けることにつながってしまう。

航続距離の不安をどう解消するか

このほど『ニューヨーク・タイムズ』に掲載された論説で、300マイル(約482km)のバッテリーの航続距離を実際に使う人はどれだけいるのかと質問したところ、読者は憤りをあらわにしている。どの読者も記事の論点に反して、長距離の運転を定期的にしているようなのだ。

例えば、通勤が長距離であったり、母校で開催されるフットボールの試合を定期的に見に州を半分ほど横断したりしているという。途中で20分間の充電をすることなど論外のようだ。「これこそ共和党が揶揄したがる沿岸部特有のおかしな話だ」と書いていた人もいた。

「誰も道路で立ち往生はしたくないのです」と、メリンは言う。それは理解できる。その場合は高い金額を払うことにはなるが、充実した選択肢から航続距離の長いEVを選べばいい。だが、気候変動対策の観点から見ると、人々のこうした反応に対する懸念が高まっている。

一部の人からは、炭素排出量が少ない生活の豊かさを提示したほうがいいとの意見も挙がっている。つまり、わたしたちの生活を取り巻いていることのすべてがクリーンエネルギーによって置き換えられ、さらにはそれ以上のことができるというわけだ。

この理論では、米国で最も売れているフォードのピックアップトラック「F-150」の電動化を批判する余地はない(匿名を希望したアナリストは、EVであろうとなかろうとピックアップトラックは「悪」だと考えていると話している)。

とはいえ、ピックアップトラックも長い航続距離さえ約束しなければ、バッテリーの素材の面ではるかに効率化できる可能性がある。長距離の移動を「人々は過剰に気にしています」と、ジュネーブ大学の心理学者で人々がEVを買わない理由について研究しているトビアス・ブロッシュは語る。

問題はどのように人々を説得するかだろう。ガソリンスタンドしか利用したことがない人にとっては、どこでどのように充電できるかという情報は抽象的でわかりにくい。便利なものだとすんなりと受け入れることができないのだ。

そこでひとつの解決策は、個々のドライバーの行動に合わせて丁寧なカウンセリングを実施し、現在の生活にどのようにEVを組み込めるかを効果的にシミュレーションする方法である。

脱炭素の実現までの長い道のり

いいニュースは、22年における購入者の意識が変わってきたことだ。EVの購入者を対象に毎年の調査を実施しているカリフォルニア大学デービス校のタルは、2台目のEVを購入する人や、親戚の所有するEVを運転したことがある人が増えるにつれ、人々のEVに対する理解が深まっていることに気づいたという。

例えば、数分間の充電のために停車してトイレに寄ったり、フローズンヨーグルトを買ったりすることは、大それたことではなくなっている。それらがEVの購入を検討しない理由にはならないことを、人々は理解できるようになっているのだ。

それに人々は、綿密に計画を立てなければならないような移動は、想定より少ないことを確信している。将来の充電インフラが整うほどに、もっと簡単に長距離移動できるようになるとも考えている。充電と放電のリズムが規則的で習慣的なものになるという、新しい現実が待っているのだ。

同時に企業は政府の政策やサプライチェーンの圧力に押され、「より多く」の追求を緩めている。フォルクスワーゲンとテスラは、小型のEVが多めで充電ステーションが豊富にある中国でしばらく前から広く使われているLFPバッテリー(リン酸鉄リチウムイオン電池)を、米国でも展開しようとしている。世界最大のバッテリーメーカーである寧徳時代新能源科技(CATL)は、リチウムを使う電池に加えて、ナトリウムを用いたバッテリーもEV向けに近く提供すると発表している。

どちらも最も希少で環境に破壊的な影響をもたらす鉱物(LFPの場合はコバルト、ナトリウムを用いたバッテリーの場合はリチウム)の需要を減らすだけでなく、消費者に低価格で製品を提供することにもつながる。しかし、その代償として、一般的に航続距離は短くなってしまう。

こうした開発は重要であると、プロビデンスカレッジのリオフランコスは語る。知識を身に付け、財布の残高に気を付けているEVの購入者が、より容量の小さなバッテリーを搭載するEVを選択することはいいことだという。これによって材料の需要の削減にもつながる。

そして「消費者の好みが定まっていないことも強く示しています」と、リオフランコスは指摘する。「航続距離不足への不安」は覆せる、あるいはそれほど大きな問題ではないことへの理解につながるのだ。これは「選択肢がない」という状態から人々を解放するものでもある。

とはいえ、まだ先は長い。クルマをシェアしたり、ドライバーの必要に応じて異なる容量のバッテリーを交換できる新しい技術を採用したりするなど、人々がEVのバッテリーを最大限に活用するためにできることはたくさんある。どちらも中国で普及している手法だと、バッテリーのリサイクルの専門家であるメリンは説明する。

また、より容量が小さいバッテリーのEVを選ぶことは、トラックを乗用車に買い替えたり、完全にクルマの所有をあきらめてバスや電動バイクを利用したりするほど大きな話ではない。これは脱炭素の未来をより早く実現するために選べる手段なのだ。

多くの人を運ぶ公共交通機関の無料化や、自動車を所有しない人への税制優遇措置といった地域的な試みにもかかわらず、22年の気候変動対策への投資で人々が自家用車の所有を望む傾向は変えられなかった。都市が無秩序に広がるスプロール現象が進行し、主要な公共交通システムが新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)によって死の悪循環に陥っているにもかかわらずだ。

EVの普及と自動車の減少を同時に実現することは可能なのだろうか。「この部分を変えることは困難です」と、カリフォルニア大学デービス校のタルは言う。「わたしたちは戦いに負けているのです」

WIRED US/Translation by Nozomi Okuma)

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