風力発電の森林伐採に待った 全国初の宮城県「再エネ課税」現場ルポ

建設が進む風力発電施設=7日、宮城県加美町
建設が進む風力発電施設=7日、宮城県加美町

高さ152メートル、巨大な風車が緑の丘陵地に次々と姿を現していた。

奥羽山脈の中部、宮城県加美町。「加美富士」と呼ばれる薬萊山を望む山間部に、来年4月の運転開始を目指して風力発電設備10基の建設が進んでいる。

事業者は、石油元売り最大手エネオス傘下の再生可能エネルギー(再エネ)発電大手、ジャパン・リニューアブル・エナジー(東京)などが出資する事業目的会社。加美町では現在、隣接自治体にまたがる形で、外資系を含む3事業者による5つの風力発電事業が集中。建設中の10基を合わせ、最大約150基の風車建設が計画されている。

「建設中を除く4事業はいずれも山の尾根沿いに計画されており、おそらく新税の対象になるだろう」

加美町の担当者が話す「新税」とは、宮城県の「再生可能エネルギー地域共生促進税条例」。今月4日、県議会で全会一致で可決、成立した。

風力と太陽光、バイオマス(生物資源)発電施設の建設に0・5ヘクタールを超える森林開発を伴う場合、事業者へ課税するもので、再エネ施設を平地などへ誘導し自然保護を図る。同趣旨の都道府県条例は全国で初めて。来年4月までの導入を目指している。

土砂災害の懸念

太陽光発電はパネルを敷き詰めるため、また、風力発電は風の適地が山間部の尾根沿いに多く、尾根沿いまで巨大な風車を運ぶ道路も必要なことから、いずれも大規模な森林伐採を伴う場合がある。このため山の保水機能が損なわれ、静岡県熱海市で起きた土石流のような大雨による土砂災害の懸念が指摘されている。

宮城県再生可能エネルギー室は「地域住民との軋轢(あつれき)が生じ、合意形成が課題になっている」と説明。県は新税により、再エネ発電所による森林の大規模開発に待ったをかける形だ。

新税の徴収額は、営業利益の2割相当とし、エネルギー種別ごとに異なる税率を適用。固定価格買い取り制度(FIT)の売電価格に応じて、太陽光は出力1キロワット当たり最低620円、風力は同2470円。バイオマスは1050円。水力と地熱は対象外とする。

県内では来年4月以降、森林開発を伴うため課税対象となり得る再エネ事業が36件予定されている。これらを平地など「適地」へ誘導することが税の最大の目的であり、「税収を目的としない」(村井嘉浩知事)極めて異例の新税だ。

急拡大の裏側で

平成23年の東京電力福島第1原発事故を機に、国は太陽光や風力など再生可能エネルギー(再エネ)を推進してきた。翌24年に始まった固定価格買い取り制度(FIT)などにより、令和3年度の太陽光の発電電力量は、原発事故当時と比べ約18倍の861億キロワット時、風力は約2倍の94億キロワット時まで急拡大した。

令和2年には、当時の菅義偉首相が2050(令和32)年に温室効果ガス排出量を実質ゼロにする「カーボンニュートラル」を宣言。政府は「再エネの主力電源化」を掲げた。

この流れの中で太陽光や風力発電は事業が大規模化。さらに風力は風の適地などの理由から、北海道の沿岸部や東北地方の山間部など同一地域へ事業が集中した。とりわけ山の尾根沿いは風の適地が多く、資源エネルギー庁の資料によると、1メガワット超の事業のうち標高250メートル以上の山間部での事業の割合は、平成25年度の6%から令和元年度は46%へ急増している。

住民団体の全国組織「風力発電を地域から考える全国協議会」の佐々木邦夫共同代表(55)は「日本は山林が7割を占め、欧米などと違って巨大な風車が生活圏のすぐ近くに建設されることになる」と指摘。「土砂災害の危険性をはじめ、景観や希少な鳥への悪影響、低周波音による健康被害など住民の不安や懸念がぬぐえない」と訴える。

「洋上」へシフト

住民や首長らの反対を受け、風力発電計画の撤回や見直しは全国で相次いでいる。宮城県では昨年7月、川崎町の蔵王連峰での計画を関西電力が白紙撤回したほか、今年1月には大崎市鳴子温泉などでの計画が環境影響評価(アセスメント)の第3段階「準備書」を取り下げた。5月には丸森町で進む2つの計画のうち1社が計画を中止した。

6月には、北海道小樽市などでの計画のうち、大手総合商社の双日による国有林での計画が準備書提出後に中止された。準備書後の撤退は極めて異例だ。

今回の宮城県の新税条例を受け、3事業者が5つの事業を進める同県加美町の住民団体は今月5日、反対署名約2万6千筆を提出。「事業の進め方が地域と共生した再エネの理念とはほど遠く、住民の合意がなされていない」として、計画の白紙撤回などを求めた。

国は再エネ普及の「切り札」として、陸上より風が安定して吹き、住民との軋轢が生じにくい洋上風力を促進。昨年末には秋田県で国内初の大規模洋上風力が商業運転を始めた。国は洋上風力の発電能力を令和2年の2万キロワットから、2040(令和22)年までに原発約45基分に相当する最大4500万キロワットへ引き上げる目標を打ち出している。

一定の抑止力

風力発電への風当たりが強まる中、宮城県の新税は狙い通り機能するのか。関電の計画に揺れた川崎町の担当者は「一定の抑止力になるだろう」と話す。

事業者らでつくる「再生可能エネルギー長期安定電源推進協会」(東京)は「地域と共生する再エネ事業の推進という新税の趣旨にかなうよう、実効性ある枠組みが構築されることを期待する」と表明。業界団体からは「計画が大きく狂う内容で、相当厳しい」との声も漏れる。

同趣旨の条例としては、岡山県美作市で令和3年12月、太陽光パネルに課税する条例が可決。出力10キロワット超の事業用施設を対象に、パネル面積1平方メートル当たり年間50円を課税するものだが、事業者側は猛反発。総務省は翌4年6月、市に事業者との協議を促したものの、市によると、話し合いは平行線のままという。

宮城県の村井知事は開発の現状について「先人が育てた木を切ることで、逆に二酸化炭素の吸収源が減っていく」とその矛盾点を指摘。「新税は大きなメッセージになる。一番うまくいけば税収がゼロになる。事業者に理解いただきたい」と述べ、政策誘導課税の行方に期待を込める。

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