働く場所がどこであれ、従来の仕事はできる──。経営層も個人もそう気づいたコロナ禍。「仕事ぶり」をオフィスで観察し、評価する従来の方法がなじまないことも、誰もが感じている。働く制度はどう変わるのか。混沌とした先行きに、期待と不安が渦巻いている。

(写真=Carl Mydans/Getty Images)
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 「いま働いてもらっている従業員を、業務委託に切り替えるのは可能でしょうか」。東京・渋谷にある宍倉社会保険労務士事務所には、今年5月ごろからこんな相談が複数件舞い込んでいる。

 相談の主は中小企業の経営者。彼らを動かしているのは先行きへの不安だ。「秋冬になってもコロナが収まらず、もし坂を転がるように経営状況が圧迫されたら、すぐに手を打てるのかという不安がある」。同事務所の宍倉健作社会保険労務士は背景をこう説明する。

 現行の労働規制では、正社員はもちろん、有期雇用の従業員も契約途中で解雇することは難しい。そこで浮上してきたのが、雇用ではなく業務委託に切り替える発想だという。「解雇は難しいが、業務委託ならいつでも切れると考えている相談者が多い」(宍倉氏)

変われなかった「日本型雇用」

 こうした動きは、コロナ禍で逆境に立たされ人件費を何とかして抑制したいという経営者マインドを如実に示している。手法は違えど、景気が落ち込むたびに雇用の在り方を見直してコスト削減につなげる試みは幾度も繰り返されてきた。低成長が続いたこの30年、規模の大小を問わず多くの企業が、年功序列と終身雇用、企業別組合という「三種の神器」に支えられた「日本型雇用」の修正を試みてきた。

注:海老原嗣生・荻野進介著『人事の成り立ち』などを基に本誌作成<br> (写真=Carl Mydans/Getty Images)</p>
注:海老原嗣生・荻野進介著『人事の成り立ち』などを基に本誌作成
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 PART1で解説した「メンバーシップ型」とも呼ばれる日本型の雇用モデルを支えてきたのが、個人が持っている「能力」に合わせて賃金が決まる「職能主義」だ。仕事の難しさや内容ではなく、その人が持っている能力に基づいて給与が決まる。

 人材を新卒で一括採用し、企業内で育て、強い人事権の下でジョブローテーションなどを通じて仕事をあてがう。経験を積むほど仕事を遂行する能力は上がるという仮定の下で、給与体系は年功的な要素を帯びてきた。

 こうした職能主義を基本にした日本型雇用は、高度成長期に企業が成長を続けている間は問題にならなかった。1979年にエズラ・ヴォーゲル氏の『ジャパン・アズ・ナンバーワン』が発行され、海外から称賛を浴びたこともある。

 だが、バブルがはじけ、不況から抜け出せない状況が続くと、「年功型賃金を維持して総人件費を上げてしまえば企業はもうもたず、成果と賃金を結び付けたいという方向になっていった」(パーソル総合研究所の小林祐児上席主任研究員)。

 その一つが、PART1に登場した富士通が93年に導入した成果主義だ。目標の達成度合いを賃金に反映するこの仕組みは、武田薬品工業や日立製作所、日産自動車などが相次ぎ導入。2000年前後には、働く人の役割を基に賃金を算定する「役割等級制度」を採用する企業も増加した。

 バブル崩壊後の失われた10年で成果主義や役割等級が台頭したのは、人件費を抑制して何とか生き残ろうという企業のもがきだった。

 だがこれらの制度は結局、新卒一括採用や定年制、転勤などの要素が互いに結び付き、日本型雇用を成立させている強固なエコシステム(生態系)の中で、評価と賃金の在り方だけを変えたにすぎなかった。その結果、今もグローバル化や技術革新、国内の少子高齢化という時代の流れに適応しきれない。

 富士通の時田隆仁社長は、「(日本企業は物事を)時間をかけて変えようとして、結局、その間に否定的な意見が出てきて、発展的に解消したり、やめたりする。その原因は本質的に(変われない)人事制度にある」と断言する。

「ジョブ型賛成」が半数

 だが、新型コロナの感染拡大が、この状況を変えるかもしれない。在宅勤務の広がりが不可逆的な働き方の変化を起こす可能性があり、雇用の在り方を根本的に見直す機運が経営者側のみならず、労働者側でも高まっている。

 その焦点が、ジョブ型の雇用だ。ただ、メンバーシップ型からジョブ型への転換は「適材適所」から「適所適材」へとも言われ、仕事と個人の関係が180度変わるため、不安の声は根強い。

 「雇用の安定性、継続性が担保されない中では不安が大きすぎる」(40代女性、事業所向けサービス)、「社内の人間関係がぎすぎすしそう」(50代男性、卸売業)、「時代に合ったスキルを常に磨いていないと仕事にありつけないのでは」(40代男性、輸送用機器)──。

 日経ビジネスが8月中旬に実施した独自調査(下のグラフ)では、職務を限定して働くジョブ型に関してこんな声が寄せられた。

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【調査概要】「新型コロナウイルス感染拡大に伴う働き方の変化に関する調査」8月18日から8月22日にかけて、日経ビジネスと日経BPコンサルティングがインターネットで実施。1107人から回答を得た。男性77.4%、女性22.6%。30代以下14.5%、40代34.1%、50代50.9%、60代以上0.4%。在宅勤務経験者が77.6%を占めた<br />(写真=gyro/Getty Images)
【調査概要】「新型コロナウイルス感染拡大に伴う働き方の変化に関する調査」8月18日から8月22日にかけて、日経ビジネスと日経BPコンサルティングがインターネットで実施。1107人から回答を得た。男性77.4%、女性22.6%。30代以下14.5%、40代34.1%、50代50.9%、60代以上0.4%。在宅勤務経験者が77.6%を占めた
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 PART1で見たようなジョブ型への移行を模索する経営側の意図は、主に3つに整理できる。

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