北米

2023.02.11

スプートニク・ショックの再来だ。米国が中国偵察気球を撃墜した理由

Roman Samborskyi / Shutterstock.com

米国が4日、米本土を横断した中国の気偵察球を撃墜した。米連邦議会下院は9日、中国を非難する決議を全会一致で採択した。米国メディアなどは、米国務省高官の話として、気球には複数のアンテナや通信傍受機器が搭載されていたと伝えた。中国はこれまでに五大陸の40を超える国の上空に偵察気球を飛ばしていたという。中国は気象観測用の民用気球だとして、撃墜に強く反発している。

航空自衛隊で在ベルギーの防衛駐在官や北大西洋条約機構(NATO)連絡官などを務めた長島純・中曽根平和研究所研究顧問(元空将)は「米国には撃墜せざるを得ない様々な事情があったと思います」と語り、こう指摘する。「一番大きかったのは、これが米国人にとってのスプートニク・ショックに他ならなかったからです」

1957年10月4日、ソ連は人類初の人工衛星「スプートニク1号」の打ち上げに成功した。米国民は驚愕し、58年の米航空宇宙局(NASA)設立など、全面的な宇宙・ミサイル開発競争に突入した。その後も、米国人は、自分たちが想像もしなかった事態に直面すると「スプートニク・ショック」という言葉を使う。

例えば、中国は2021年7月、旧ソ連が1960年代に開発した「部分軌道爆撃システム(FOBS)」を利用したミサイルの発射実験に成功した。米国のミリー統合参謀本部議長は当時、「Sputnik Moment」とコメントした。冷戦中、米国の弾道ミサイル防衛システムは、旧ソ連から発射される北方からの大陸間弾道ミサイル(ICBM)に対処することに重点が置かれ、南極から米国に接近する脅威に対する防御は軽視されてきた。長島氏は「南半球側から米国本土を攻撃できるFOBSが、極超音速飛翔体(HGV)と共に試験されたことに、米国は驚いたのでしょう」と語る。

気球を使った偵察行動も、米国の盲点を突いた格好になった。日本の防衛産業関係者は偵察気球のニュースを聞いて、第2次大戦中に日本軍が使った風船爆弾を思い出したという。風船爆弾は米本土で限定的な山火事と死者を出しただけで終わった。この関係者は「気球を軍事用に使うという発想は、私たちには全くありませんでした」と語る。

長島氏によれば、警戒管制レーダーは、航空機など速いスピードで移動する物体を探知することを目的にしている。余計な物体が入り込むことを防ぐため、雲などはあらかじめ画面に映らないように設定されている。移動速度が遅い気球がレーダーに目標として識別される可能性は低いという。

また、今回の気球は高度5万フィート(約15キロ)から6万フィート(約18キロ)上空を飛んでいた。結局、米最新鋭ステルス戦闘機F22が空対空ミサイル「サイドワインダー」を使って撃墜した。長島氏は「その他の戦闘機では撃墜は能力的に大変難しかったかもしれません」と語る。気球が飛行していた高度は、通常の戦闘機の行動可能範囲を超えており、撃墜の失敗を許されない状況の中で、最高の高高度性能を持つF22が使用されたとされる。長島氏は「気球の情報偵察用の機材を破壊せずに回収することは、最も重要な任務であったはずであり、用意周到な計画とこの作戦に関わるパイロットの人選については、綿密な検討が米空軍内で行われたようです」と語る。ベテランパイロットと最新鋭機の投入で、何とか撃墜したというのが真相のようだ。
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文=牧野愛博

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