南アフリカの電力危機と鉱業生産

2023年02月17日

住友商事グローバルリサーチ 経済部
鈴木 直美

 

2023年2月10日執筆

 

 南アフリカでは以前から電力不足の問題を抱えているが、最近特にその状況は深刻化している。国営電力会社Eskomは2022年6~7月、および9月以降、断続的に計画停電(Load shedding)を実施している。停電のレベルはStage1~8まであり、電力需給の状況により変更されるが、12月からは最大6,000MWの電力需要削減が必要となるStage 6の停電も度々繰り返され、多くの国民が1日数時間電力無しの状況に置かれている。このように電力需要に対して設備容量は大幅に不足しており、当面は計画停電が継続すると予想されている。

 

 南アフリカの発電量は2007年をピークに増えていない。約80年続いたアパルトヘイト政策が1990年代初頭に撤廃されてから、1994~99年のネルソン・マンデラ政権を経て、2000年代には南アフリカはBRICSの一角として高成長が期待されたが、2005~07年にかけ5%成長を達成した後は低成長が続いている。新興国では経済成長に伴って、発電量は通常増加していくものだが、南アフリカの場合は電力供給の問題が経済成長や雇用創出を阻害していることがうかがえる。Eskomは巨額の債務を抱えており、発電所の新設はおろか、老朽化が進む発電所のメンテナンス費用や緊急時ディーゼル購入資金の不足で既存発電所の稼働率も上がらず、賃金ストライキ、盗電、その他さまざまな課題にも直面している。

 

 

経済成長率(IMF推定・予測)(出所:IMF WEO(2022.10)より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

南アフリカ:発電量(Electricity Produced)(出所:南アフリカ統計局より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

 15年も前から問題が認識されながら、危機が一段と深刻化しているのは、ズマ前政権(2009~18)下で汚職や権力濫用がはびこり、Eskomが「食い物にされた」ためだという。また、Eskomの問題の根源は既得権益と南アフリカの深い人種的分裂から生まれた政治経済の機能不全にあるとも指摘されている。

 

 複数の海外・現地メディアの報道を整理すると、以下のような状況だ。

 

 南アフリカでは、アパルトヘイト政策のもとでは、白人が政治経済の主導権を握っていた。1994年に全人種が参加した初の総選挙で黒人政党のANC(アフリカ民族会議)が政権を獲得し、黒人優遇政策(BEE)を進めてきたが、実際に黒人への権利移譲が進んだのは石炭業界など限られた分野にとどまった。このため、与党ANC内部に石炭産業や、発電の大半が石炭火力であるEskomの独占を脅かすいかなるものにも反対する勢力があり、民間業者の参入や再生可能電力の展開が進まなかったのもこのためだという。またEskom内部にも調達を巡る不正行為から利益を得る勢力があり、炭鉱から発電所までの輸送路で良質な石炭が売り飛ばされ、不良炭が発電所に供給され、不具合を引き起こすなどの事態も生じているようだ。2019年に就任したEskomのAndre de Ruyter CEOは白人で、犯罪捜査や電力需給改善に取り組み、「太陽と風なら盗めない」として再生可能エネルギーの導入も推進してきたが、政府内の一部勢力から妨害や辞任要求を受け、2022年12月に辞任を表明した。

 

 ラマポーザ大統領は、2018年の就任後、政治界の汚職撲滅を掲げ、Eskomの改革や民間企業の電力事業参入などにも取り組んできた。しかし、2022年には同氏自身の汚職疑惑が浮上した。企業は自家発電、主に再生可能エネルギーへの投資を増やすなどして対応しているが、送電網の容量不足もまた課題となる。

 

 IMFの最新予測では、2023年は外需低迷と電力不足により、南アフリカの経済成長率は1.2%にとどまる見通し。30%を超える高い失業率、汚職問題に加え、停電の継続で、2024年総選挙を前にANC支持率は低下している。

 

 

2023年施政方針演説:まずは電気を

 

 このような状況下、南アフリカ政府は2月9日、電力の「国家非常事態」を宣言した。ラマポーザ大統領は施政方針演説(State of the Nation Address)で、南アフリカは希望と回復力の国だ、自由のための我々の闘争を支えたのは希望だ、国難を克服する決意の原動力も希望だ……と切り出し、目下、最大の国難、かつ喫緊の課題は給電制限であると明言。信頼できる電力供給がなければビジネスは成長できず、工場の組み立てラインは稼働せず、農地は灌漑(かんがい)できず、基本的なサービスが中断され、食品を新鮮に保てず、水供給が途切れ、信号機が機能せず、夜間に通りが点灯しない。雇用創出も貧困撲滅もままならない。しかし、われわれはアパルトヘイトにも打ち克ったのだからこの危機も克服できる、克服するのだ、と述べた。そして、この深刻なエネルギー危機の種は何年も前に植えられたが、過去の過ち、建設されなかった設備容量、メンテナンス不足で発電所に与えた損害、国家略奪が与えた影響を元に戻すことはできない。われわれにできることは、今日の課題を解決し、明日、次世代のために灯りをつけ続けることだ、と語っている。

 

 2022年7月にラマポーザ大統領は、4,000~6,000MWの電力不足への対応として、①Eskomの石炭火力発電所の修繕・既存発電能力の稼働状況改善、②発電能力への民間投資受け入れ・加速、③再生可能エネルギー・ガス・バッテリー貯蔵の新規容量の調達加速、④企業・家庭の屋上ソーラーへの投資促進、⑤長期的なエネルギー安全保障のための電力セクターの抜本的改革、の5つの取り組みを打ち出した。今回の演説ではその進捗について、Eskomの既存発電所の性能向上、損壊した発電所の修復、人的スキルの再構築、Eskomの債務対応、緊急時ディーゼル購入資金の支援、自家発電からの余剰電力購入プログラム、発電所に蔓延する汚職・盗難への対処、などを進めていると説明。より広範な改革としては、Eskom再編、電力規制改正法案の準備、屋上ソーラーパネル導入支援を進めているほか、民間開発業者の参入認可ですでに100件、計9,000MWを超えるプロジェクトがあり、再生可能エネルギープログラムに参加した多くの企業が間もなく着工し2,800MWの新規容量が提供される予定だという。Eskomは当面の需給ギャップを埋めるため、半年以内に緊急に電力を調達し、また東ケープ州・北ケープ州・西ケープ州などの地域では新たな送電線・変電所にも投資しているとしたうえで、これらの取り組みにより、12~18か月で電力供給が大幅に増えるとしている。

 

 今回の国家非常事態宣言は、電力危機を国難と認定し、大統領府に専任の電力大臣を任命して、負荷削減を終わらせ、エネルギー行動計画が延滞なく実施されるようにするのを目的としている。一時はEskomの管轄を公共企業省から鉱物資源エネルギー省に移す案が浮上し、「石炭閥」の影響力が強まることを危惧する声もあったが、そうはならなかったようだ。

 

 これらの危機対応が順調に進めば事態は改善に向かうことが期待されるが、実際のところ、2022年後半から電力事情は悪化しており、短期的には電力需給がひっ迫した状況は続く。街頭では停電や電気代値上げに抗議するデモも発生している。2024年の総選挙まで時間は限られ、30年間のANC政権にとっても正念場となる。

 

 なお同演説ではエネルギー以外の諸問題にも言及があるが、そのうちの一つには輸送インフラの問題がある。鉄道網も長年の投資不足、メンテナンス欠如、犯罪行為、非効率性に悩まされている。これについてラマポーザ氏は、政府は鉄道部門の近代化・改革や港湾の効率向上、鉄道車両の増強にも取り組んでいると述べている。

 

 

鉱業生産

 

 南アフリカ統計局が2月9日に公表した2022年12月および2022年通期の鉱業生産統計では、2022年12月の鉱業生産指数(2019=100)は87.3と、前年同月比▲3.5%減。同指数の構成比率は石炭(27.85%)・白金族(22.96%)・金(15.91%)・鉄鉱石(11.92%)で8割弱、残りはマンガン・クロム・ダイヤモンドなどとなっており、2022年12月は鉄鉱石・ダイヤモンド・白金族のマイナス寄与が大きかった。2022年通期は▲7.2%減。

 

 鉱業売上高は2022年12月が前年比0.1%増、2022年通期で2.8%増となった。2020~22年序盤にかけ価格が高騰していたパラジウムやロジウムが値下がりした一方、2021年秋からの世界的なエネルギー危機で石炭価格は上昇した。また、電力不足は白金族生産の、鉄道輸送・港湾インフラ問題は石炭や鉄鉱石の生産・輸出の阻害要因となっている。

 

 2023年は中国の経済再開などを背景とする世界需要の拡大に伴い、南アフリカの鉱業生産には回復の期待がかかる一方、一連の構造要因は、引き続き供給を阻害するリスクとしてくすぶり続けると思われる。

 

 

鉱業生産指数(出所:南アフリカ統計局より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

南アフリカ:鉱業売上高(季節調整後)(出所:南アフリカ統計局より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

南アフリカ:鉱業売上高(出所:南アフリカ統計局より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

生産量(指数):白金族(出所:南アフリカ統計局より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

生産量(指数):石炭(出所:南アフリカ統計局より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

生産量(指数):鉄鉱石(出所:南アフリカ統計局より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

以上

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