自然が直結「オフグリッド」住宅、宿泊体験へ 送電網も水道、ガスからも独立 知恵絞る楽しさ

2023年1月28日 06時49分

太陽光発電や浄水の設備を備えた建物。モンゴルのゲルにも似ている

 山梨県北杜市の八ケ岳の麓に、白い小さな家が五つ並んで立っている。電力会社の送電網(グリッド)や上下水道、ガス管いずれにもつながっていない「オフグリッド」の住まいだ。快適に暮らせるかどうかの実験が1年近く続けられている。人口減少で維持が難しくなる地方のインフラ対策に役立てる狙いがある。2月に始まる宿泊体験を前に、一足早くのぞいてきた。

◆太陽光発電と蓄電池で

 東京・新宿から電車と車で約2時間。訪れた11月の午後はあいにくの曇り空だった。「停電したら寒そう」。やや不安な筆者を、太陽光パネルの下で寝転ぶヤギが出迎えてくれた。

背後の建物でオフグリッドの暮らしを1年近く続ける川島壮史さん(左)と松井俊樹さん=いずれも山梨県北杜市で

 電気は車庫の屋根計50平方メートルに設置した太陽光発電と蓄電池でまかなう。「夏は冷房を24時間つけていたが、エネルギーコスト上昇の影響にさらされなかった」。昨年3月から週の半分をここで暮らす川島壮史たけしさん(42)は話す。インフラの技術革新によって社会課題解決を目指す「U3イノベーションズ合同会社」(東京都港区)の役員で、実験を主導する。

蓄電池や浄水装置を置くインフラ用の建物

 建物は厚さ10センチのウレタンを使い断熱性能が高い。5棟計80平方メートルを台所のあるLDK、トイレ・シャワーなど水回り、寝室などの居室、蓄電池や浄水装置などのインフラ室と使い分けている。3、4人が暮らせる。かかった費用は建物とインフラを含めて5000万円未満という。

◆気になる停電は

冷蔵庫や電子レンジ、電磁調理器などがそろうキッチン

 家電は冷蔵庫や電子レンジなど一通りある。発電量と蓄電池の残量はモニターなどで常に確認できる。気になる停電だが、川島さんは昨年3〜11月に10回ほど遭遇した。「夜中寝ている間に停電して朝日が昇ると復旧するケースが大半で、1回あたり5時間ぐらい」。日中に停電の恐れがあった際は冷暖房や照明を消して節電した。日照時間の減る冬場は万一に備え、LPガスなどで動かす発電設備の導入を検討している。

シャワー室と洗面台。生活排水は循環利用

 調理や食器洗い、歯磨き、洗濯、シャワーの排水は浄水装置を使って循環利用。飲食用の水は買っている。トイレは微生物の働きでし尿を処理する「バイオトイレ」を使っている。

◆「不便さ感じると思ったけれど」

 暮らしながら心理面も変化した。「朝起きて窓からの光を見ると、今日はこれだけ電気が使えそうとか、天候や自然が自分の生活に直結する感覚を持った」と川島さん。インターンシップ(就業体験)の一環でここで寝起きする慶応大院生の松井俊樹さん(24)も「当初は不便さを感じると思ったけれど、知恵を絞って暮らすことが楽しい。将来、ベーシックな暮らし方になると思う」と話す。

居室でテレワークも

 実験は不動産業などのLIFULLライフル(東京都千代田区)が協力している。名古屋工業大の北川啓介教授が開発し、同社のグループ企業が販売する「インスタントハウス」を使っている。同社の小池克典さん(39)は「南海トラフ地震を見据えた予備防災などの観点で自治体からの問い合わせが増えている」と話した。
 2月に始める宿泊体験サービスは1泊税込み1万2000円から。隣接するトレーラーハウスに滞在する。山梨県内のキャンプ場でも導入予定だ。

◆過疎地インフラ対策にも

 電気や水道など社会インフラの維持には多額の費用がかかる。事業者にとって人口減少などで収入が減れば、設備の更新費用を出すことが難しくなる。電力業界では1970年代に多く建設された送電設備の老朽化が進む。公営水道事業では更新できずに耐用年数の40年を超えた水道管の割合が2019年度、全国の総延長の19%に上った。
 そうした課題を背景に、大規模なインフラよりも維持費が抑えられる小規模のインフラへの注目が高まっている。オフグリッド住宅の実験を進めるU3イノベーションズにも複数の電力会社から問い合わせがあり、過疎地に電気を供給し続ける上での課題やオフグリッド化の展望を話し合っているという。
 地域活性化とオフグリッドを研究する千葉大大学院の田島翔太助教は、オフグリッドの建物は災害時の避難場所にもなると評価する。「まち単位で導入すれば電力不足に対応しやすい。ただ普及には蓄電池のコスト低下が欠かせない」と指摘。
 インフラ対策は交通や医療、教育など多岐にわたるため「自治体や地域の企業を巻き込んで戦略を立てることが重要だ」とも話した。

◆今月の鍵

 東京新聞では国連の持続可能な開発目標(SDGs)を鍵にして、さまざまな課題を考えています。今月の鍵はSDGsの「目標7 エネルギーをみんなにそしてクリーンに」「目標11 住み続けられるまちづくりを」。蛇口をひねれば水が出て、スイッチを押せば電気がつく。それが当たり前の快適な暮らしを支えるインフラの維持は人口減少社会の大きな課題です。将来、オフグリッドでも安心して暮らせる仕組みが整えば、住む地域の選択肢は広がります。
 文・写真 押川恵理子

押川恵理子記者

押川恵理子(おしかわ・えりこ)=経済部

 1978年、立山連峰を望む富山市に生まれ、渋谷系の音楽を聴いて育つ。好きな音楽を浴びて酒を飲むと本来の自分を取り戻す。新聞記者を志したのは、身近な人が精神疾患と周囲の偏見に苦しむ姿を目の当たりにし、偏見をなくすには情報発信が大切と感じたから。名古屋本社整理部や北陸本社報道部を経て2022年4月から東京本社経済部。社会的養護やLGBTQ、教員の過労を巡る課題などを取材してきた。今は経済面から脱炭素の動きを追っている。▶▶押川恵理子記者の記事一覧



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