歯の生え変わる時期、注意したいエナメル質形成不全

【はじめに】
【エナメル質がつくられないとは】
【原因】
【状況別の対策】
【まとめ】
【さいごに】

【はじめに】
歯が生え変わる時期というのは、一般的には6歳前後に始まります。まずは下の前歯が生え変わったり、下の前歯の裏から大人の歯が生えてきたり、この時期はいろいろなことがあって実に悩まされます。(歯の生え変わりはこちらを参照)
こうした生え変わりの時期に気を付けていただきたいのが、大人の歯の構造に異常や不具合が無いかどうか、ということです。異常や不具合というと、ちょっと不安な言葉になりますが、一般的にはいくつかあります。その中でも先天欠損中心結節という構造の問題のある場合もありますし、歯の生えてくる方向に異常がある、ということもあります。ここでは、生えてきた大人の歯の構造の問題として「エナメル質形成不全」(Molar Incisor Hypomineralization:MIH)というものがありますので、それを解説します。

【エナメル質がつくられないとは】
 MIHとは、簡単に言えば、歯のエナメル質という部分が作られない、または作りが雑になっている、ということを言います。乳歯ではあまり見られないのですが、永久歯では特徴的に前歯から奥歯まで全体的に発生することがあります。
 まず、歯の構造には「エナメル質」「象牙質」「神経(血管や神経線維がある組織)」という3層の構造に分けられます。この3つのうち、一番表面にあるのが「エナメル質」です。

このエナメル質が作られる時期というのが、お母さんのおなかの中にいる時期から作られはじめますので、お腹の中にいるときから生後数年間くらいまでの間、ということになります。

エナメル質形成不全というものがどういうものかというと、実際の写真を見ていただきます。

向かって左上の前歯の先端が白く濁っている
奥歯のほぼ全体が白(茶)褐色に濁っている

 このように、エナメル質の形成不全というのは歯の表面構造が白く濁っていたり、中の部分にある褐色の組織がむき出しに見えてしまっていたりする状況になります。
 こうした白く濁る状態というのは、歯の表面にあるエナメル質という組織が粗造に作られてしまったからです。これは表面構造の問題です。たとえば、ふつうにあるガラスというのは透明です。でもガラスの中にたくさんの気泡や不純物が混ざるとすりガラス状になって透明感がなくなります。また、細かいひび割れがあると透明感が失われます。こうして透明感が失われたもの(白く粗造になって濁った色が出るもの)が上の前歯の写真のように白く濁ったものになるのです。

ガラスのひび割れ 細かくなれば透明感が失われる

 また、ロックアイスでも同じような現象があります。ゆっくり冷凍した氷というのは不純物や気泡が入り込まないためきれいな透明感のある氷になります。ところが、急速冷凍したような氷は気泡がたくさん入るので白くゴツゴツ感のある氷になります。こうした構造組織の減少が起こっているのがエナメル質の問題なのです。

透明感のある氷は不純物がない

 そして、奥歯の写真にあるような褐色に見えるのは、歯の「象牙質」と言われている部分が露出してむき出しになっている様子です。もちろんいろいろな状態のものがありますので単純に色としてエナメル質の形成過程で茶褐色になっているものがありますが、問題となるのは表面のエナメル質が作られなかった部分がわりに多くなってしまって、象牙質がむき出しになる=凍(し)みやすい=虫歯になりやすい、という状況になっている場合です。

【原因】
 こうしたエナメル形成不全の成り立ちには、いくつかの原因が考えられています。代表的なところでいえば、「ターナーの歯」というものがあります。(ターナーの歯については外傷についての説明と対策を解説したブログでもお話をしていますのでご参照ください。)簡単にいうと、外傷や虫歯による歯の内部への感染によって、育成中の大人の歯に影響してしまうことです。その影響によって大人の歯の表面構造が不完全になって出てくるというものなので、まさにこのエナメル質形成不全の状態ということなのです。
 また、これ以外でもお母さんのおなかの中にいる時期にビタミンDが作られなかったことによることも動物実験である程度発生することが分かっています。いわば日焼け止めの過剰な使用だったり屋外で日光に当たる時間が極端に少なかったりすることによる影響と言えます。ただ、これは臨床的なデータがないので、あくまで仮説ということで考えてもいいと思います。
 そして、それ以外、その他になります。そもそもエナメル質形成不全の原因は明確に特定されているわけではないので、あらゆることが原因と考えられます。その中には、喫煙だったりアルコールだったり、あるいは遺伝やストレス性のものも考えられると思います。したがって、21世紀の現時点ではまずは赤ちゃんから乳幼児期の外傷や虫歯に特に気をつけておけばいいと思っていいでしょう。

 なお、ここでいうエナメル質形成不全とは若干意味が違うかもしれませんが、表面のエナメル質の作られ方によって起こる問題には、深い裂孔(溝)が作られてしまうこともあります。これは、特に「上あごの前歯の裏」、「下あごの6歳臼歯の頬側」にある溝が深いことがあるのです。定期健診では、目に見えない穴として存在していることがあるので、このあたりを特に注意する必要があります。なぜなら、それが表面上は穴が開いているわけではないので、裂孔(溝)の中で虫歯になっている可能性に気づかないことが多いからです。そのため、虫歯のリスクが高い子の場合、この裂孔に気づかないでいると、気づいたときには裂孔(溝)の中で虫歯による大きな空洞ができてしまっているということもあり得るのです。

【状況別の対策】 
・白濁・・・フッ化物(フッ素)
 基本的には白濁は粗造な組織によるものなので、フッ化物(フッ素)コーティングすることで、いわゆる再石灰化が促されます。その結果、組織がよみがえってツヤのある滑らかな表面構造になるのです。ただし、清掃不良であったらいつまでたってもきれいにはならないので注意が必要です。

・褐色組織・・・フッ化物(フッ素)、進行止めの薬かカルボセメントでの斬間充填
 特に奥歯の場合になります。状況によってはフッ化物(フッ素)だけではとても対応しきれないほど表面がボソボソになってしまっていることがあります。その場合、抗菌作用のあるセメント(ここではカルボセメント)を使って、一時的に埋めておく必要があります(シーラントの暫間充填を参照)。なぜなら、生えてきたばかりの歯はとても弱く、ただでさえ虫歯になりやすいことが考えられます。生えてしばらく外界に触れることで、唾液に含まれるフッ素やリンといった物質が歯を強くしてくれるのです。したがって、それまでの間、症状が進行しないように暫間充填という手段を使うことが良い場合があります。

・深い裂孔・・・経過観察(清掃)、進行止めの薬かカルボセメントでの斬間充填
 深い裂孔(溝)がある場所で特徴的なのは、上の前歯の裏側や、奥歯の外側です。それらの細かいところに気を付けなければなりません。6歳~8歳くらいに発見されることが多いのですが、保護者の方に仕上げ磨きをしてもらっているとはいえ、なかなか発見するのは困難です。そのため、発見にはレーザーによる虫歯検知機器を使うか、レントゲンで診査するのが効果的です。
 具体的な対応としては「褐色組織」のエナメル質形成不全の場合に準じます。ただ、この場合は裂孔(溝)の中を確認する必要があるため、その必要に応じて歯を切削することもあります。なお、暫間充填という意味では溝を埋めるということでシーラントをお勧めされる場合があるかもしれません。その場合、ある一定期間過ぎてしまった場合はシーラントはお勧めできません。もちろん、生えてきたばかりの歯であれば対応すべきだと考えます(この理由はシーラントをご参照ください)。

【まとめ
エナメル質形成不全は永久歯で発見されることが多く、表面の構造が粗造に作られることによる
原因はさまざまであり、対処法としてはフッ化物(フッ素)や進行止めの薬、暫間充填がある
いずれも生えてきたばかりの頃に対応すべきものであり、定期健診で発見されることが多い

【さいごに】
 ここまでエナメル質形成不全として解説しましたが、これは一概に虫歯というわけではありません。確かに虫歯に”なりやすい”かもしれませんが、それが特に子育て中の保護者のせいとは言い切れないものなのです。かといって、お腹の中にいたころに何らかの影響がある、ということであれば母親のせいなのでは?と思われる方もいるかもしれませんが、それもよく分かっていません。
 最近ではネットで調べるといろいろな情報を目にするため、自分を責めてしまう方もいるかもしれません。しかし、科学的に解明されているわけではありませんので、現時点では「外傷によるもの」「虫歯によるもの」に対して、特に気を付けてもらいたいと思います。また、その対応策として「早期発見」を心がけるために定期的に検診を受けたりレントゲンを撮ったりすることにもご理解いただければ、と思います。

<参考文献>
JBMR Epiprofin Regulates Enamel Formation and Tooth Morphogenesis by Controlling Epithelial-Mesenchymal Interactions During Tooth Development
https://asbmr.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/jbmr.3024