脱炭素社会の実現に向け、自動車産業で水素の活用に注目が集まっている。水素から電気を生んで走る燃料電池車(FCV)がすでに市販されているが、今開発が活発になっているのが、水素そのものを燃やすエンジンだ。自動車をカーボンニュートラル(温暖化ガス排出実質ゼロ)に導く“第3の道”を切り開こうと、トヨタ自動車も力を入れる。日本が培ってきたエンジンづくりの底力が問われている。

 6月下旬、富山市で中型の水素エンジントラックの実証走行試験の出発式が開かれた。トナミ運輸(富山県高岡市)や東京都市大学などの共同研究グループが、市販のトラックを水素エンジン車に改造し、今後試験を重ねる。2026年度の実用化を目指す。

 研究は、環境省のプロジェクトで21年から実施している。荷物を積んだ状態で一般道の坂道でも高速道路でも難なく走れるようにすることが課題だった。エンジン関連部品を供給するサプライヤーとも連携。ピストンや水素供給の関連部品などを最適化し、出力の面で同じ排気量のディーゼルエンジンに並ぶ性能を達成した。

富山市で水素エンジンを積んだ中型トラックの走行試験が始まった
富山市で水素エンジンを積んだ中型トラックの走行試験が始まった

 この共同研究に参画する東京都市大の伊東明美教授によると、通常よりも水素を多く取り込む2段のターボチャージャー(過給器)を使用することによって、ディーゼルエンジン並みの出力を実現した。既存のエンジンを水素エンジンに置き換えることによって、電気自動車(EV)でもFCVでもない第3の道が見えてきた。

 今後、トナミ運輸が荷物を積んだ水素エンジントラックを実際に走らせ、連続航続距離300キロメートル以上の走行が可能かどうかなどを検証する。物流業界では、近距離の配送車などは電動化が進むと見られている一方、中長距離を走る中型以上のトラックでは水素の活用に期待が高まっている。

 水素エンジンは、水素を燃やしてピストンを動かすことで動力を得る。燃やしても二酸化炭素(CO2)はほぼ出ないため、カーボンニュートラル達成への切り札の1つになると期待されている。

 すでに実用化されているFCVに比べても優位性があると関係者は指摘する。

 水素エンジンは既存のエンジンの生産設備をほぼ使えるため、「FCVよりも確実に安くなる」と伊東教授は言う。FCVには純度が99.9%以上の高価な水素が必要だが、水素エンジンは低純度の割安な水素が使えるため、車両のランニングコストを抑えられるとの見方もある。

 同時に、水素エンジンは既存のガソリンエンジンやディーゼルエンジンとほぼ同じ構造のため、従来のエンジン関連の技術や部品のノウハウを生かせる。そうした領域に強みを持つ企業にとって、水素エンジンが広く普及する経営上のメリットは大きい。

電動化で窮地に立つ部品メーカー

 「欧州で水素エンジンの燃料噴射に関する研究が進んでいる。内燃機関の技術に強みがある日本としては、実用化に向けて取り組む重要なタイミングに来ている」。こう指摘する伊東教授は欧州に先を越されることへの危機感を抱いているようだ。東京都市大は、旧武蔵工業大学時代の1970年、日本で初めて水素エンジンを開発したことで知られる。

東京都市大などが開発を進める水素エンジン
東京都市大などが開発を進める水素エンジン
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