習近平氏が懸念する「三つの罠」と23年の中国経済

青山瑠妙・早稲田大大学院アジア太平洋研究科教授
中国の習近平国家主席=ロイター
中国の習近平国家主席=ロイター

 2023年の新年ビデオあいさつで、中国の習近平国家主席は次のように語った。「中国はあまりにも広く、人々はそれぞれの望みを抱えています。物事に対する見方が異なるのも当然のことです。ですから、意思疎通によって共通認識を凝集させなければなりません」。(習近平国家主席が2023年新年の挨拶を発表)

 多様な意見の存在を認める習氏の発言は「ゼロコロナ」政策に反発する「白紙革命」運動を重く受け止めた発言だと一般的に解釈され、世界から大きく注目された。しかし実際には、かなり前から世論の多様性を習氏は認識していた。習氏は「トゥキディデスの罠(わな)」「中所得国の罠」と「タキトゥスの罠」という「三つの罠」についてしきりに注意喚起を行っていた。

 第一は「トゥキディデスの罠」である。台頭する大国はますます自信をつけ、既存の支配国は優位性を失う恐怖におびえる。こうしたなか、それぞれの同盟国は台頭する大国と既存の支配国を戦争に駆り立てることから、米中両国が戦争に陥る可能性が高いという罠だ。

 第二は「中所得国の罠」である。1人当たりの国内総生産(GDP)が3000ドルから1万2000ドルに達する途上国が陥りやすい罠だ。こうした国々は多くの社会問題に直面するが、発展政策の転換がうまくできないことなどから長期的な経済低迷に陥る。中国の「中所得国の罠」に関する議論は日本でもしばしば展開されている。

 第三は「タキトゥスの罠」である。ここ10年、中国で社会問題が生じるたびにこの「タキトゥスの罠」が持ち出される。政治権力が信用を失ったときに、いかなる政府の発言であっても、いかなる政策を実施しても、社会からの厳しい批判にさらされるという罠だ。

 習氏が懸念する「トゥキディデスの罠」「中所得国の罠」と「タキトゥスの罠」は、米中対立を基調とする国際環境、中国経済の構造転換、多様な世論環境と高まる国民の不満と言い換えることもできるかもしれない。

 22年の中国の経済成長率は3%にとどまり、四十数年来で初めて世界のGDP成長率を下回った。こうした状況に中国政府は危機意識を示している。22…

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早稲田大大学院アジア太平洋研究科教授

 慶応大大学院博士課程修了。法学博士。米ジョージ・ワシントン大客員研究員を経て、2018年から早稲田大現代中国研究所所長。専門は現代中国政治外交。著書『現代中国の外交』は08年に大平正芳記念賞を受賞。