第1回・世界と日本、気候変動対策の歩み
第2回・気候変動対策、企業ができること
第3回・気候変動対策、遅すぎることは決してない(今回)
佐久間裕美子(以下、佐久間): 日本では、気候変動についての理解が先進国の中では具体的に遅れているということを示す国連の調査もあります。何が足りないと考えますか?
平田仁子(以下、平田): 気候変動についての情報は世界に豊富にありますが、その多くが英語で、裏付けされたファクトを国内で広く共有することが難しい。そのため、政治的または経済的なパワーを持つ政府や企業が自分たちに都合の良い情報を意図的に作れる状況ができてしまっています。
多くの一般の人たちが自分で情報を精査し、歪みがあるのかどうかを判断することができないという根深い問題があって、気候変動を問題だと感じている人であっても、正しいかどうかを自分で判断できない情報に触れると迷ってしまう。デマや誤情報は、人々を立ち止まらせるには十分なんです。
こうした状況に立ち向かうには、裏付けのある多面的なファクトを構築し共有していくことが必要なのだと痛感しています。
気候変動が構造的な問題であることを理解してもらうためのファクトを積み上げ、今後のシナリオも含めて網羅的な情報を提示することが必要です。
佐久間: 欧米では、グリーン転換に商機を見る企業も増えていますが、日本では企業や経済界の腰が重いように見えます。脱炭素に希望を持っている企業はあるのでしょうか。
平田: 2020年に、政府は「2050年までにCO2排出を実質ゼロ(ネットゼロ)にする」と宣言しました。今のペースでは間に合わないはずなのですが、決定権を持つ企業のトップはまだ時間があると思っていて、若い人たちから提言があっても止めてしまう傾向があります。
また日本の企業は、構造的に連合体のようになっていて、集合的な利益が守られる構造になっているので、「我が社だけ一抜けできない」というようなメンタリティーもあります。過去の企業利益を考慮することから抜けられていないこともあると思います。
佐久間: 欧米から遅れをとってきた市民運動もようやく盛り上がりつつあるようにも見えますが。
平田: 日本の野党にも似たところがありますが、市民社会も連帯が苦手なところがあります。また世間一般からのNGOに対する色眼鏡があるんですよね。市民が声をあげたり、社会活動をすることを当たり前のこととしてノーマライズする必要があると思っています。
佐久間: 日本でも若い活動家たちが増えています。
平田: グレタ・トゥーンベリさんが登場して以降、日本でも350やFriday For Futureといった国際社会とも連携する若い人たちによる新しいうねりが確実に出てきました。声をあげたり集めるためにSNSのハッシュタグを駆使する手法も、一般的に広く浸透してきました。
ただ、日本で気候変動の情報に幅広くアクセスできるのは、やっぱり英語ができたり、国際経験があったり、いわゆる感度の高い人たちが多いので、どうしても「特別な人たち」というイメージが付きまとってしまうんですよね。実際には若者のマジョリティーは閉塞感を抱えているし、情報や社会課題から遮断されてしまっているという現実があるので、期待はしているけれど、楽観はできないとも感じています。
いずれにしてもより広い世論を作り上げることが必要で、大人たちや社会が若者たちの声のくさびになっていかないと思っていますが、変化の兆しはあると思います。いろいろな地域で、新しいうねりの芽があちらこちらで出てきています。
佐久間: 若い人たちを諦めさせようという力も働いているように感じます。
平田: 日本の気候変動の運動は、みんなで電力をセーブしましょうとか、エコ活動をしましょうとか、我慢させる方向に働きがちです。それではあまりにも楽しくないし、諦める空気を作り出してしまうので、問題の設定が間違っているとも思います。社会や経済の構造を本質的に変えるために何をしたら良いのか。このまま気候変動が進んだら困る人たち、痛みを受ける人たちに次なる未来を提示しなければならない。構造を変えることで既存の雇用がなくなるのだとしたら、移行するための職業訓練を考えるとか、新しい仕事を作り出すとか、痛みを未来思考に変えていくことが必要です。
佐久間: 私自身は気候変動の運動に関わるようになって、人生が楽しくなったと実感しています。
平田: 楽しくなければ広がらないというのはありますよね。私自身、みんなでビジョンを共有して取り組んでいて、楽しいという実感はあります。小さかったとしてもエネルギーはあるとも感じています。
同時に、目の前で起きることにがっかりしすぎて、崩れ落ちそうになることもあります。気候変動の問題は、知れば知るほど先の未来に絶望して、心を病んでしまうこともある。ただ、力を結集させないと大きな問題を前に風穴を開けることはできないし、希望を持てないと、変える力にはなりません。そのためには元気じゃないといけないとも思っています。
佐久間: 崩れ落ちそうになったとき、心がけていることはありますか?
平田: 前に進まない状況に感じる悔しさをバネにしていますし、へこんでいる時間はないという気持ちもあります。
また、アプローチした人や企業が動けないような場合、理由を考えるようにしています。動けない理由が理解できると、じゃあ次はこうしようと考えることができるし、そこに希望があります。
佐久間: 悪い材料も多々ありますが、前に進んでいるという実感はありますか?
平田: いろいろ問題はあるにせよ、2050年のカーボンニュートラル宣言によって、日本政府が具体的な時期に「ピン留め」したことは、企業を動かすためには大きいことだと評価しています。
企業も個人も、気候変動対策はどこからでも始められるし、変えるための突破口はどこにでもあるのです。
できることはないと思っている人の気持ちを変えられるといいですし、『THE CARBON ALMANAC 気候変動パーフェクト・ガイド』には、そのヒントがたくさん紹介されていると思います。
平田仁子(ひらた きみこ)
Climate Integrate代表理事。2011年の福島第一原子力発電所事故の後に石炭火力発電所の建設計画の多くを中止に導いたことや、金融機関に対する株主提案などが評価され、2021年ゴールドマン環境賞を日本人女性で初めて受賞。2022年にClimate Integrateを設立し、各ステークホルダーの脱炭素への動きを支援している。著書に『気候変動と政治 -気候政策統合の到達点と課題』(成文堂、2021)。千葉商科大学大学院客員准教授。
佐久間裕美子(さくま ゆみこ)
文筆家。1998年からニューヨーク在住。出版社、通信社などを経て2003年に独立。政治家、作家、デザイナー、アーティストなど、幅広いジャンルにわたる著名人へのインタビューが高く評価されている。著書に『Weの市民革命』(朝日出版社、2020)、『真面目にマリファナの話をしよう』(文芸春秋、2019)他、翻訳書に『テロリストの息子』(TED Books/朝日出版社、2015)他。慶応義塾大学卒業、イェール大学大学院修士課程修了。
[ナショナル ジオグラフィック日本版サイト2023年2月27日掲載]情報は掲載時点のものです。
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